
相手の未来を信じるということ
前回の記事では、「正しいことだけでは、人は変われない」というテーマについてお伝えしました。どれほど正しい言葉であっても、相手が受け取れる状態でなければ、その言葉は届かないと言う内容でした。
私はそれを、「グローブを持っていない相手に硬球を投げてはいけない。」という言葉で表現しました。
今回は、その続きをお話ししたいと思います。
それは、「本当の優しさとは何か。」という問いです。
私たちは、人を傷つけないことを「優しさ」だと思いがちです。もちろん、相手を思いやる気持ちはとても大切です。
しかし、長年キャリア相談や婚活支援、そして管理職として多くの人と関わる中で、私は時々思うのです。
本当の優しさとは、嫌われないことではない。時には、相手の未来を信じるからこそ、耳の痛いことを伝えなければならない場面があるのではないかと。
もちろん、それは相手を否定するためではありません。むしろ、その人の可能性を信じているからです。
以前、住宅リフォーム会社で管理職をしていた頃のことです。
一人の部下がいました。
職人気質で、お客様からの信頼は厚い。
仕事に対する責任感も強く、決して手を抜く人ではありませんでした。
しかし、会社が求める営業活動にはなかなか取り組もうとしない、我が道をいくタイプの人でした。
私は彼の直属の上司に同席して定期的に面談を重ねました。
「もっとこうして欲しい。」
「君ならもっとできる。」
彼の上司は、そう伝え続けました。
ある日、その部下が静かに言いました。
「期待するのはあなたたちの勝手です。私は私なりに一生懸命やっているんです。」
その言葉を聞いた瞬間、私は返す言葉がありませんでした。
「確かに、その通りだ。」
そう思ったからです。
私も彼の直属の上司も「彼にはもっと成長してほしい」という想いばかりが先に立ち、彼が見ている世界観や、今どれだけ一生懸命努力しているのかを見ることができていませんでした。
その経験から、私は一つの大切なことを学びました。
相手が一生懸命であることと、
そのやり方が未来につながるかどうかは、別の話です。その努力の方向が、その人の望む未来につながっているとも限らないのです。
だからといって努力は否定されるものではありません。だからこそ、支援する側には、その努力を否定したり、相手を変えようとする前に、まず相手がどんな世界観を見ているのかに私たちが関心を持ち、それから相手に新しい視点に気づくきっかけを届ける役割があるのだと思ったのです。
その出来事以来、私は誰でもその人なりに「ベストを尽くしている」という前提で、まずは向き合う姿勢を大事にしています。
このことは、婚活における仲人の立場でも感じていることです。
「私なりに頑張っています。」
「もう私には向いていないのかもしれません。」
そのような言葉を聞いたり私の言葉に反発されたことも、一度や二度ではありませんでした。
「どうして分かってくれないのだろう。」
きっとそう思われて離れていった方もいたことでしょう。
それでも私は、その方々の未来を信じて、対話の努力は続けました。
そして数年後。
その中のひとりはご成婚され、ご夫婦となり、お子さんにも恵まれました。
後日、ご本人から「あの時、見放さないでくれてありがとうございました。」と言っていただきました。
さらに、ご両親から感謝のお手紙までいただいた時は、胸がいっぱいになりました。この仕事の醍醐味とは、こういう瞬間なのだと心から思いました。
もちろん、私がその方を変えたわけではありません。
変わったのは、ご本人の意識と努力です。私は、ほんの少しだけ、そのきっかけに関わらせていただいただけなのです。
また、少し戻って管理職時代での経験です。
考え方が合わず、会社を辞めていった人たち。
退職を勧めなければならなかった人たち。
当時は、
「これで本当に良かったのだろうか。」
と毎日何度も自問自答を続け、自責の念で体調を崩しかけたこともありました。
ところが後になって、
「あの人は別の会社で頑張っているらしい。」
「自分で起業して活躍しているそうだ。」
そんな話を耳にするきっかけがあったのです。
私は、その時初めて気づきました。
支援とは、今いる場所に引き留めることばかりではない。その人が、その人らしく生きられる場所へ向かう手助けをすることも大事な役割なんだと。
親になってからも、同じことを感じています。
子どもが小さい頃、私は親として「正しいこと」を伝えているつもりでした。
子どもの可能性を信じているつもりでした。
しかし振り返ってみると、「まだ子どもだから。」という思いで、どこか上から見ていた部分もあったように思います。
もっと、当時の苦しさや葛藤に寄り添えたのではないか。
気持ちにも余裕が生まれた今では、時々そう思うこともあります。
一方で、子どもたちが社会に出て、一人暮らしを始めてからは、大きな変化がありました。
「働いて生活するって、本当に大変だね。」
そんなことを言うようになり、私たち親への接し方も以前よりだいぶ柔らかくなった気がします。
そして私自身も気づきました。
子どもは子どもなりに、一生懸命頑張っていたこと。
自分なりの正しさを、一生懸命親に伝えようとしていたこと。
今では、私よりずっと優れている部分も当時からあったし、今もそれはどんどん増えていると素直に思っています。
人は、自分が正しいと思って行動しています。
だからこそ、そのやり方を変えることは簡単ではありません。
そこには、
固定観念があり、
過去の成功や失敗経験があり、
時には傷ついた記憶(トラウマ)もあります。
だから私は、人を無理に変えようとは思いません。
その人が、自分自身で気づける日が来ることを信じています。
支援者にできることは、そのきっかけを届けることなのかもしれません。
カウンセリングでは、終了後ときに厳しいご意見をいただくこともあります。
「きつい言い方でした。」
「傷つきました。」
そんな長文、短文の感想をいただくたびに、
「もっと他に伝え方があったのかもしれない」
「これで本当に良かったのだろうか。」
「今回のタイミングでは、早すぎたのかもしれない」
と悩んだことも一度や二度ではありません。
私の未熟さが原因だったことも、もちろんあります。
一方で、その方が心の奥にしまい込んでいた怒りや悲しみを吐き出してもらうことを意図していたこともあります。
私は、人はいつからでも変われると信じています。
その信念が強すぎるあまり、気づけば、グローブを持っていない相手に硬球を投げてしまっていたこともあったのかもしれません。
だから今の私は、以前よりも少しだけ考え方が変えました。まずは、その人が硬球を受け止められるグローブを、一緒に探すことから始めよう。その過程で嫌われることがあったとしても。その上で、本当に必要な言葉を届けたいと思っています。
本当の優しさとは、嫌われないことではありません。
相手を思い通りに変えることでもありません。
その人の「今」を受け止めながら、その人の「未来」を信じ続けること。
それが私なりの支援する者の優しさなのだと思っています。
今日、私の言葉が届かなくてもいい。
今は反発されても構わない。
いつか、その人が自分自身の力でグローブを手にした時、
「あの時の言葉は、こういう意味だったのか。」
そう思い出していただけたなら、それだけで十分です。
人は、自分の力で気づいた時に初めて変わります。
その日が今日かもしれないし、何年も先かもしれません。
だから私は今日も、誰かを変えようとは思いません。その人の未来を信じて、ひとつの問いを届け、気づきのきっかけを手渡していきたいと思っています。







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