今日という一日は、決して当たり前ではない

熊本で発生した大きな地震の報道に触れるたび、他人事のようには思えない、そのような気持ちでいる方も多いのではないでしょうか。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、被災されたすべての皆様へ心からお見舞い申し上げます。

私自身、熊本にはキャリア相談や人生相談、婚活支援などを通じてご縁をいただいているクライアントの方々がいらっしゃいます。そのため、報道を目にした瞬間、「どうか皆さんがご無事でありますように」と、ただただ祈るような気持ちでいっぱいでした。

今は現地での状況が判明し始めたこともあり、今後の支援のあり方へ私たちの意識も移りつつあります。私も自分にできる支援を出来る限り行います。

災害は、地域や立場を超えて、多くの人の心を揺さぶります。そして、こうした出来事に触れるたび、私はいつも同じことを考えます。

それは、「今日という一日は決して当たり前ではない」ということです。

私たちは普段、明日が来ることを当たり前のように思っています。朝起きて、仕事へ行き、家族と食事をし、眠りにつく。その繰り返しが、まるで永遠に続くかのような感覚で日々を過ごしています。

しかし、この世界では、私たち一人の力では、どうにもならない出来事が突然起こることがあります。その現実を目の当たりにすると、何気ない日常がどれほど尊いものだったのかを、あらためて考えさせられます。

だから私は、「私たちはただ生きている」のではなく、多くの人とのつながりや支え、そしてさまざまな巡り合わせの中で、今日という時間を与えられている存在なのではないかと感じています。これを仏教では時間縁起と言います。

そして家族がいて、友人がいて、職場の仲間がいて、食べ物を作ってくださる方がいて、電気や水を届けてくださる方がいる。その多くの支えがあって、私たちの日常は成り立っています。これを仏教では空間縁起といいます。

そして、その地球上での日常のご縁が永遠に続く保証は、誰にもありません。

だから私は、人生で本当に大切なのは「いつか」ではなく「今日」なのだと思います。
「いつか感謝を伝えよう。」
「いつか親孝行しよう。」
「いつか挑戦しよう。」
「いつか会いに行こう。」

そう思っていても、その「いつか」が必ず訪れるとは限りません。

だからこそ、感謝は今日伝える。会いたい人には今日会う。やりたいことがあるなら、できる一歩を今日踏み出す。そんな生き方を、私はこれからも大切にしていきたいと思っています。

キャリア相談でも婚活相談でも、「もっと早く行動していれば・・・」という言葉をよく耳にします。

もちろん、過去を後悔する気持ち自体は誰にでもある自然なことです。しかし、私たちが変えられるのは過去ではなく、今この瞬間だけです。今日という日をどう生きるか。その積み重ねが未来をつくるのです。

大きな災害や事故が起こるたびに、私たちは「命の尊さ」や「当たり前の日常のありがたについて」あらためて思い知らされます。そのたびに「今日を大切に生きよう」「家族や大切な人をもっと大事にしよう」と心に誓います。

しかし、日常が戻ると、その想いは少しずつ日々の忙しさの中に埋もれ、いつしか薄れてしまうことも少なくありません。

今回の熊本での地震も、私自身に、あらためてそのことを思い出させてくれました。

誰もが望んで災害に遭うわけではありませんし、その出来事に理由や意味を見いだせるものでもありません。だからこそ、今こうして過ごせている今日という一日を被災に遭ってしまった人たちの分まで大切にしたい。

目の前にいる人へ笑顔で接すること。家族へ感謝を伝えること。挑戦したいと思っていたことに一歩踏み出してみること。

そんな小さな積み重ねが、今この時間を大切に生きることにつながるのではないかと、私は思っています。

今日という一日は、決して当たり前ではない。

今回も、私はあらためてそのことを心に刻みました。
そして、与えられた今日という時間を、大切に生きていきたいと思います。

松田 たけお

明日死ぬかのように生きて永遠に生きるかのように学ぶ

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


ピックアップ記事

  1. こんにちは。本日は、メディア掲載のお知らせです。
  2. 2025年、新聞・テレビ・インターネット…私たちは毎日のように「生成AI」という言葉を目にしています...
  3. 今年の春先から書籍の作成にチャレンジしていました。